2010年6月17日木曜日

関西人がノッテイマス!




「寄ってってや!」

 大阪の繁華街・ミナミから自転車で東へ約10分。個人商店が軒をつらねる空堀商店街に、威勢のいい呼び声が響く。主婦が立ち話に花を咲かせ、店先では中学生がコロッケをほおばっている。戦火を逃れた四軒長屋や、すれ違うのがやっとの細い石畳の路地が今も残る。

 大阪出身の若手作家、万城目学(まきめ・まなぶ)さん(34)は、直木賞候補作『プリンセス・トヨトミ』で、ここ、空堀界隈(かいわい)をおもな舞台に選んだ。

 《自転車で漕ぎ上がるのは、若者でもなかなか困難だ。しかし、自転車のカゴにわんさと荷物を積んで、中高年のおばさま方はたくましく坂道を漕いでいく。さらに前後にちびっ子を乗せ、お母さま方が勇ましくあとに続く》

 万城目さんは少年時代をここで過ごした。「いかにも大阪、というあまりに有名な場所を出すのは抵抗があって、小さい頃から親しんだ場所を選んだんです」。通天閣や阪神タイガースを出そうとは思わなかった。「そんな発想はもう時代遅れ。作品の中で大阪弁を使って笑わそうなんてこともしませんね」

 それでも万城目ワールドはユーモアと笑いに満ちている。

 『プリンセス・トヨトミ』は、現代の大阪を舞台に、豊臣秀吉の末裔(まつえい)の少女を守り抜こうと、独立国「大阪国」の国民200万人が立ち上がる。総理大臣はお好み焼き屋のおじさんだ


 大学時代、万城目さんと同期だった京都大学大学院の奈良岡聰智・准教授は「商店街でお好み焼きを焼くおっちゃんや建物の詳細な描写など、描かれているのは地味だけど等身大の大阪。リアリティーの土台があるからこそ突拍子のない物語が生きる」と分析する。

 8年前から東京に居を移した万城目さんだが「僕の発電所は大阪。大阪弁で物語を考えても、作品には大阪弁を多用しない。本社は日本なのに、世界ブランドとしてふるまうソニーのようにね」。

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 芥川賞作家、津村記久子さん(32)も大阪を舞台にリアリティーとユーモアに満ちた作品を生み出している。大阪に生まれ育ち、今も大阪に暮らし、作家と会社員の二足のわらじ。「基本、大阪しか知らないから大阪のことを描いているだけです」とさらりと言う。


受賞作『ポトスライムの舟』は、契約社員のヒロインが、出かけもしない世界一周旅行費用の、自分の年収と同じ163万円をためようとする物語。選考委員から「地をはって生きる関西の女たちの視線が、切ない生活実感を生み出している」「おかしみと明るさ、さらにはやるせない希望の匂いが伝わってくる」などの評価を受けた。

 自分の周辺で起こる出来事をネタにすることが多い。電車の中で。喫茶店で。ふと耳にする普通の人たちの会話を丹念に拾い上げる。「大阪って普通の人が面白いんですよ。ですから登場人物にも、何気ない普段の話をさせた方が面白いと私は思うんです」

 パワハラを題材にした『十二月の窓辺』は実体験。短編『うどん屋のジェンダー、またはコルネさん』も、実際の大阪のうどん屋のおじさんの言動を観察して書いた。「日常生活にネタが無料で転がっているのは大阪ならではかな」。21世紀の大阪ゆかりの若手作家の作風や発想は、大阪の風土や人間と切っても切れない関係にある。

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 戦前、大阪の作家、織田作之助は代表作『夫婦善哉』で、しっかり者の蝶子と気の弱い柳吉夫婦の情痴をリアルな筆致でおかしく切なく描いてみせた。大阪の法善寺界隈の描写や、蝶子の父親で一銭天ぷら屋の種吉の人間くさい造形は、70年の時を超え、万城目さんや津村さんの世界につながっている。そこにあるのは、昔も今も大阪の土地に住み、生活している人たちの姿である。

 リアリティーこそが面白み。若い作家にとっても、大阪はそれらを発掘する宝庫であり、“生きた舞台”となっている。