
日本の産業構造の特徴としてオーバーカンパニーが指摘され続けてきた。確かに、日本の業種ごとの数は諸外国と比べて明らかに多過ぎる。これは敗者を生まないようにお互いの縄張りを侵さないという暗黙の了解の上に成り立つ。「弱者の理屈」だともいえる。
また、企業内でも儲かっている部署は収益力の劣る部門で働く人たちを仲間として「相互扶助」という精神で成り立っていた。産業を監視する立場の官庁も「天下り」という果実を得るため、あえて、競争を促す政策を取らなかった。
つまり「もたれ合い」が全ての産業で行われていたのだ。今回の金融恐慌は確かにわれわれの生活に大きな不安を与えたが、もう一方で、永年課題となっていた上記の日本的な伝統的慣行、価値観を払拭する契機を与えてくれるかもしれない。オーバーカンパニーは解消に向かうのだろうか。
今回の金融恐慌は震源地、英国や米国の金融機関の業績悪化は当然として、世界中の金融機関を巻き込む大きな経済問題となった。それは実体経済の裏づけのない、一種の金融ギャンブルが世界規模で行われたことを意味している。その元凶を探ると、結局、米国の地価バブルに行き着く。
つまり、日本の不動産バブルと根本的には同じ構図だ。日本の土地バブル崩壊との違いは、土地を担保に金を借りている人の数が、日本とは桁違いに多いということ。一般の消費者が、自分の不動産を担保としたカードローンで、さまざまなものを購入してきた仕組みが完全に崩壊したのだ。その結果、極端な信用収縮が起こり、世界最大の米国消費者市場は崩壊した。
製品の海外輸出、中でも米国市場に売上の多くを依存していた日本の優良企業も大きな影響を被った。多くの企業は大幅な収益悪化に見舞われ、利益縮小、場合によっては赤字に転落した。
その結果、各企業は自社の事業内容を一から洗いなおさざるを得なくなった。彼らが導き出した結論は「中核ビジネスへの経営資源集中」だ。まず始めるのは自社内で完結できる組織の見直しだ。見直しの過程の中で、利益を生まない部門は閉鎖とか、売却の対象となる。日本的な相互扶助は急速に過去の遺物となりつつある。
その最も典型的な例が日立製作所であり、東芝だ。両社とも、日本を代表する総合家電メーカーだが、重電と家電の両方の市場で大手だ。日立は洗濯機や冷蔵庫のような白物家電では名門の一つであり、東芝はテレビ事業で世界的に認知された企業でもある。
ちょっと気になることがある。重電に経営資源を集中するというが、本当にそれでよいのだろうか。そもそも重電という概念は日本独自のものだ。世界を見回せば、日本のような業態は非常に珍しい。
ライバルと目されているのは、ドイツのSiemens、米国のGE、スウェーデンのABB、フランスのALSTOM Transportだが、日本のようにモーターから発電機、列車、エレベータ、MRIに代表される医療器械まで、これだけ多品種のラインアップをそろえている会社はない。どの企業も得意分野を持ち、そこに経営資源を集中している。その結果、彼らが対象としている市場で世界的に大きなシェアを獲得しているのだ。
それに対し、日本企業は、海外の企業との競争より、日本国内市場での競争を優先し、品ぞろえを中心に据えてきたため、どのビジネスカテゴリーでも、圧倒的な地位を確保していない。むしろ、圧倒的な地位に立つことを恐れているかのように見えるのはわたしだけだろうか。その点で、東芝が原子力に目をつけたのは正しいといえる。ライバルは米国のGEとフランスのAREVAしか存在しないからだ。
日立製作所と東芝が業績を回復する原動力として重電に経営資源を集中するということは、それ以外の事業は中核事業ではなくなるということを意味する。半導体とかコンピューター、家電、自動車機器部門などは原則として切り出されるか、外部の企業に売却されることを意味する。
考えるだけでも恐ろしい事が起こりかねない。仮に、日本メーカーのコンピュータ部門が1つ売却されるとしたら、日本の主要ベンダーの一角が崩れるという話だけでは済まない。買収に手を上げる企業は、IBMあるいはHPなど世界の大手ベンダーに限られる可能性が高い。その結果、世界のシステム、ビジネス市場の寡占化は一層進む。
このように、今回の金融恐慌の与えたインパクトにより、中核事業への経営資源集中という名の下、一挙に国際化が進む可能性が高いのだ。結局、日本市場は今回の金融恐慌をきっかけに、事実上の「鎖国状態」を脱する可能性がある。
また、両社が家電部門を売却するとなれば、現在はパナソニック、ソニー、シャープがシェアを高めている薄型テレビ市場でも、現在の熾烈で不毛な価格競争が収束に向かい、上位企業の市場支配力が高まる。また、他の家電製品も概ね同じような傾向を示すだろう。
以上のような話は、電機業界に限ったことではない。今回の金融危機とそれに続いた円高の進行で、自動車業界も日本国内ではほとんど利益を出すことができず、収益を海外に求め、補ってきた構図が明らかになった。しかし、その構図も完全に崩壊したといえる。今後は自動車業界もトヨタを筆頭に2~3社(グループ)に統合されるに違いない。
それはまるで、大手金融機関が三行に統合されたこと、流通がIYグループとAEONグループへ統合に向かっているのと似通って見える。
おそらく、今回の不況からの完全脱出には数年を要することは間違いないだろう。その暁には、現在は2000社以上ある東証上場企業の数が半分以下に減少する可能性は非常に高い。
日本への進出に成功した企業がある一方、日本市場は独特という意識を持ち、進出を諦めた世界的な大企業が数多くある。これは、日本国内の市場が外資から守られていると考えられる一方で、外国から日本への資本投資が少ないとも言える。
また、仮に日本進出に踏み切ったとしても見合うだけのリターンが得られない場合、進出は失敗だった、そのような市場に資金を滞留するだけ無駄だと判断されるのは至極当然だ。これが、円高が急速に一つの理由でもある。欧米の金融機関は本国の台所事情が厳しくなり、現金が必要になり、日本の不動産やや株を売却、ディールの元金を調達した円キャリートレード解消(早い話が借金を返した)のだ。
資本の論理は実に冷酷だ。そこには我々が永年親しんだ「情実」など存在する余地はかけらもない。日本独自の「ぬるま湯体質」は実は非効率であり、廃すべき悪しき慣習なのだ。その辺をわきまえないと、日本市場が真に海外の企業や資本にとって魅力的には写らず、結果的に不況が長引いてしまう。
ただし、実際に日本への進出に成功した企業を見る限り、日本以外の拠点と比較しても、それほど大きな遜色はなさそうだ。つまり日本の市場は独特だというのは一種の「幻想」に過ぎないとわたしは考えている。ユニクロを運営するファーストリテイリングの成功は、日本独自の「完璧なまでのサービス」が自己満足に陥っているという事実を否定しかねない。
日本で生産し、それを輸出することで外貨を獲得し、収益を高め、安定した利益を確保するという構図は今や過去のものとなってっしまった。
これからは、全世界で幾つかの生産開発拠点を設け、それぞれが担当する市場に最も適した製品を供給する。それを支えるための強固なブランド力と製品開発力、マーケティング能力が求められているのだ。
その点からも、今回の不況で、あまり業績を悪化させていない、資生堂やキリン、キッコーマンなどは今後も世界的な成長を期待される存在だ。彼らに共通するのはやはり高いブランド力だ。販売網に関する配慮も他の日本企業を圧している。生産拠点への配慮も十分出来ている。このような企業は決して、上記3社のように日用品の業界に限ったことではない。
どの国であれ、ユーザーが真に求めているモノを合理的で適切な価格、高いブランド力を背景にライバルより少しでも多く販売できる企業が今後のサバイバル戦争を勝ち抜けるのだ。そのことを経営やマーケティング、情報を握る人達は、胸に刻み込まなければならない。
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